――金正日の三段跳び=ホップ(政治強国=先軍政治、99年)→ステップ(軍事強国=ミサイル乱射と核実験、06年)→ジャンプ(経済強国=改革開放、来年以降)の着地が決まるか!?――
1.今年一年の回顧
◎北朝鮮の外交と内政――先軍政治と経済再建の二律背反――
2006年の金正日体制の「新年の辞」(三者共同社説)は「先軍政治の総進軍の年」というスローガンで幕を開けた。1月の金正日電撃訪中という「波乱」はあったが、上記の「新年辞」どおり先軍政治は総進軍を完遂した1年であった。7月のミサイル乱射と10月の核実験強行がそれである。中距離弾道弾(テポドン2号)は手痛い失敗を喫したが、本命の核実験はすくなくとも政治的には成功を収めた。「韓国主導による吸収統一」の悪夢は永遠に無くなり、北朝鮮という国家の永続も確保された。たとえ政権は代わっても、核保有国で滅亡した国家はないからである(旧ソ連の例を見よ)。その意味では、金正日政権にとって残る政治課題は「体制保障」だといえよう。
これに関しては内外両面の課題がある。外部的には米国の軍事的脅威、内部的には国家経済の立て直しである。前者については、数発の自衛用の核保有(=核拡散の防止と中・長距離弾道ミサイルの開発凍結を約束)を妥協線とすることで「体制保障」の目標を達成できる。
問題は内政面での「体制保障」にある。核もミサイルも自国民を脅迫する武器としては、軍事的にも政治的にもまったく役立たない。実際、 ミサイル乱射と核実験強行に対する北朝鮮国民の反応は概して冷淡で、金正日政権の政治的な「正統性」を高める役割をほとんど果たせていない。世論の無関心と反感の主たる原因は経済問題にある。国民生活がいっこうに向上せず、むしろ制裁強化を招いて暮らし向きの悪化につながるという認識が一般化しているからである。つまり、庶民が日々の糧を得ている市場での商売の邪魔になる、という政策評価の判断基準が国民の間で広く確立してきた。核実験後、このような国内世論の否定的反応を意識してのことだろう、北朝鮮当局は学校や職場単位での講習会で次のような説明を住民向けに行っている。「核保有国となったおかげで、これから軍事支出を削減できる。その分を人民生活に回せるから今後の暮らし向きは良くなる。だから核保有は慶事なのだ」と。
核実験強行に際しては国連経済制裁を織り込み済みであり、すくなくとも来年の5月頃までは食糧・石油とも持ちこたえられるとの計算が立っていると思われる。事実、制裁実施以降も12月現在までの基礎食糧と石油類の物価は安定的に推移しており、重要な判断材料である米ドルや中国元の実質為替レート(闇両替率)もきわめて安定している。その限りでは、巷間言われる水害被害は誇張が過ぎるし、それに基づく「今冬危機説」はきわめて根拠薄弱である。経済制裁の影響が国民生活に及び始めるのは、早くても自前の食糧が途絶え始める来年夏以降と見られる。
ただし、短期と長期の両面で北朝鮮経済は深刻な弱点を抱えている。
短期的な問題としては、来年の農耕用の化学肥料の調達がある。北朝鮮は例年2〜3月の時期に韓国から大量の化学肥料支援を受けてきた。しかし、核問題をめぐる現在の膠着状態が継続する限り、来年は適時(施肥の時期まで)に同肥料を確保するのが困難となる見込みである。化学肥料支援がなければ、穀物生産は30%〜50%の減少を避けられない。来年春までにこの隘路をどのように打開するかが喫緊の政治的課題となる。
長期的な課題は急激な「少子化問題」である。90年代後半の大飢饉での死亡者の内、約40%(300万人中120万人)が当時10歳以下の子供と推定される。この失われた世代が来年から18歳人口を形成し始め、今後10年間以上に渡って若年労働力の急減期を迎える。この18歳人口激減が北朝鮮経済に与える影響は深刻で、単純推計では国内総生産(GDP)を10%程度押し下げる計算となる。換言すれば、これは金正日が自分で自身に科した「経済制裁」であり、強烈なボディーブローとして効き始める。これに加えて米国の金融制裁と国連の経済制裁が継続する事態はまさに「国難」(=体制危機)といっても過言ではない。同時に急激な少子化は先軍政治にも大きな影響を及ぼす。17歳から始まる新兵募集に支障をきたし、現行の兵員規模を維持するのが今後きわめて困難となる。兵力の維持を図れば、民生部門での労働力不足を招いて国内総生産をさらに押し下げることになるだろう。これを見越して人民軍はすでに兵役期間の延長で打開を試みてきたが、かえって軍内部に深刻な悪影響を及ぼしている。20歳代後半で除隊することになる兵士は、除隊時に退職金や年金の支給もなく、工場・企業所が未稼動のため就職先の斡旋もできないでいる。そのため一般兵士は除隊後の生活を自分自身で保障するべく、服務期間中に不正・腐敗行為に没頭するようになった。このことは民心の軍離れを招くだけでなく、一般兵士の軍幹部に対する不平不満を高めている。この点からだけ見ても、先軍政治と経済再建は二律背反の関係に立つことになり、二者択一の岐路に差し掛かっているといえよう。
このことは、体制生き残りを賭けた将来目標の改革開放政策にも大きな負担となる。改革開放下での「安価で豊富な労働力を武器にした労働集約産業の育成」という定番の外資導入型の経済成長路線を採ることがきわめて困難となるからである。極端な労働力の不足を資本(=機械設備)で代替しようとすれば莫大な資金が必要となる。外部資本の導入を図るためには、核問題や不法行為、そして拉致問題を「解決」して、対外関係を大幅に改善するしか進むべき道がない。
2.来年(07年)の展望
「強盛大国の黎明」!?――「経済強国」にむけて外交攻勢へ――
上記のように06年の北朝鮮は「軍事強国」の達成に向けて経済と外交の両面での成果を犠牲にして「総進軍」を行った。ミサイルと核兵器の開発という所期の目標を達成したことになるが、軍事的にはもはやこれより先への進軍は不可能である。航空母艦や戦略爆撃機などの自力開発は夢のまた夢だからである。その限りでは先軍政治は絶頂に達したが、同時に行き止まりに逢着したのも同然である。賞味期限切れを迎えたといってもよい。今後は軍事以外の方法で「進軍」を図る以外になく、「進軍先」も軍事以外の目的地を選ぶほかない。つまり、外交攻勢を掛けて体制生き残りのための「経済高地」を占領することである。07年はそのための橋頭堡を築くべく、金正日体制は一大外交攻勢に打って出るものと思われる。具体的には、年初の米朝核交渉、その「成果」を踏まえて南北交渉再開と日朝交渉(首脳会談=安倍訪朝)、年末予定の韓国大統領選の動向をにらんだ南北首脳会談(=金正日ソウル答礼訪問)という外交作戦を連続的に仕掛けてくるものとみられる。将軍様大忙し、大車輪の一年となる公算が大である。その目的は各種経済制裁の解除、太陽政策の継続(経済支援の再開)、日朝国交正常化(経済援助と賠償金の獲得)である。ようするに国内経済の建て直しであり、具体的には改革開放政策への地ならしである。
そのような兆候は06年下半期から見え隠れしている。対外的には、年末におよそ1年ぶりの6者協議再開に応じたことがそれにあたる。表立った成果はなかったものの、決裂の事態を慎重に避けながら、07年の1月から始まる本格的な米朝交渉に向けて昨年内に「挨拶と顔合わせ」を済ませた格好である。対内的にはミサイル乱射事件(06年7月)以降、労働新聞などの北朝鮮公式メディアを通じて「新語」が盛んに使われ出した。「強盛大国の『黎明』」がそれである。「黎明」とは文字通り「夜明け」「幕開け」あるいは「大転換期」を意味する。他方、「強盛大国」とは「政治強国」「軍事強国」「経済強国」の三位一体を指す。このうち「政治強国」は世襲個人独裁体制で「確立」した。次に「軍事強国」とは99年に開始される「先軍政治」のことであり、06年のミサイル乱射と核実験強行で「完成」をみた。残るは「経済強国」の実現ということになる。これからこの三位一体(=強盛大国)の幕開けを目指すというのが「黎明」という新語の趣旨と見てよいであろう。07年の「新年の辞」(三者共同社説)でこの新語がどのような頻度で、そしてどのような脈絡で使用されるのかに注目する必要がある。
上記「回顧」でも述べたように、「軍事強国」達成の目標に邁進したおかげで、北朝鮮経済の実状は「改革待ったなし」の破綻状態にある。そのうえで新たな目標(=経済強国)を目指すとなると、先軍政治にひと区切りをつけて対外関係を改善するしかない。そのためには核問題での一定の譲歩(全面放棄ではなく部分放棄)を経て米国と国連による経済制裁の解除、そして拉致問題の「解決」を経て日朝正常化へと向かうしかない。その一方で、米日両国との関係改善を武器に対南(韓国)工作を活発に繰り広げることになるであろう。韓国に対する政治工作は二段階で展開されるであろう。07年の早い時期に化学肥料支援の獲得を狙った南北実務者協議の再開を仕掛ける。韓国の現政権は支援を再開したくてうずうずしているのが現状であり、年明けに6者協議が続開されれば、それを口実に南北協議再開→肥料支援へと進展する公算が大である。北朝鮮はその余勢を駆って、07年末の韓国大統領選に「北風」を吹かせるべく「金正日答礼訪問」を政治カードに韓国政局に揺さぶりを掛けるものとみられる。
(文責 RENK代表・李英和)
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