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論説 : 北朝鮮児童の人権侵害の現実
投稿者: MIURA 投稿日時: 2005-12-15 22:55:12 (2541 ヒット)
論説

以下は、北朝鮮の児童に対する人権侵害を報告するキム・ソンミン氏の論文です(北韓人権市民連合の国際会議報告書から。翻訳は(株)ACTA)

北朝鮮児童の人権侵害の現実

キム・ソンミン(Soung Min KIM)
脱北者、自由北韓放送 (Free NK Broadcast) 代表

I. 序論

北朝鮮の人権状況が劣悪だというのは、いまさらショッキングなことでも耳新しいことでもない。1994年に金日成(キム・イルソン)が死んだ後、約3百万人が餓死した。この後、北朝鮮国内の人権問題が全世界によく知られことになるのだが、本格的な調査が実施されてからすでに10年近くが経過している。

学者や市民団体の調査報告や、現在韓国にいる脱北者の証言で詳しく語られている北朝鮮の人権の現実は、韓国の国民だけでなく、良心あるすべての人々に衝撃を与えるに充分なものである。2004年4月15日、国連人権委員会は朝鮮人民民主主義共和国の人権状況に関する決議を採択し、2004年7月には北朝鮮人権法 (HR 4011) が成立した。

北朝鮮の人権問題は、いまや非常に重要な問題となっている。人権が話題になると、だれもが北朝鮮のことを考えるほどである。この問題を解決するための努力が必要であることは、韓国だけでなく全世界のコンセンサスとなっているように思われる。しかしだからと言って事態が好転するというわけではない。私の考えでは、北朝鮮の人権状況を改善することが我々のミッションの第一歩である。北朝鮮のおける民主化運動としては、これまでも人権に関する告発や暴露などさまざまな方法がとられたが、これから必要なのは、より特化した取り組みである。

人権という大きなテーマをめぐって各自が声高に主張を唱える代わりに、問題を異なるいくつかのテーマに分けることでより具体的かつ客観的な調査を行い、こうして得られた証拠を上手に利用する。この方が、北朝鮮の人権の現実に取り組むうえでより有効であろう。

そこで私は、「北朝鮮児童の人権状況」というテーマを取り上げたいと思う。私は専門の研究者ではないが、北朝鮮で育ったので、彼の地の子供たちを見てきた。



II. 本論

おおかたの研究者は、北朝鮮の人権問題が最初に持ち上がったのは1990年代半ば、食糧危機の後のことだと論じている。しかし北朝鮮には、朝鮮人民民主主義共和国というプロレタリア独裁国家が創設されて以来、人権問題はつねに存在してきた。そのことは、政治犯として強制収容所を経験したカン・チュルファン(姜哲煥)、アンヒュク(安赫)両氏の証言を通じて明らかにされた。そこへ、脱北者の大量流入と、食糧・経済危機の現実が国際社会に暴露されたことをきっかけに、北朝鮮の人権問題が注目を集めるようになった。さらに、北朝鮮の食糧危機以後、北朝鮮の児童、とりわけ病気とホームレスの子供たちの悲惨な状況は、国際社会にあまねく知られるところとなった。

そこで問題に取り組むにあたり、私はまず、食糧危機後の北朝鮮の子供たちの悲惨な現実について詳しく述べたいと思う。ただし、あらためて指摘しておきたいが、北朝鮮の人権問題は、公然化したのは3百万人−これは全人口の10%に相当する−が餓死した後であるが、そのはるか以前から存在しているのである。

民主主義国家は個人を尊重し、だれもが自分の人生をどう生きるかを選ぶ自由を有しているが、北朝鮮は、仮に食糧事情がよかったとしても、個人の人権を無視した独裁国家であることに変わりない。この真実に目をふさいで北朝鮮の悲劇的現実と食糧危機を関連づけるのは、北朝鮮の人権問題の本質を見落とすことになりかねない。

1989年11月、国連は「児童の権利に関する条約」(子どもの権利条約)を採択した。同条約は全54条からなり、20ヶ国以上の批准を得て1990年9月2日に国際法として発効した。いまや192ヶ国が批准しているこの子どもの権利条約は、生存、発達、保護、参加の4つの主要原則を基礎として、子どもの権利を規定している。北朝鮮は1990年9月20日に条約加盟国となった。

北朝鮮が子どもの権利条約に加盟しているという事実は、北朝鮮の児童政策が、条約の基準をクリアしなければならないことを意味する。しかしながら、北朝鮮の児童政策は条約に規定されている54条の大部分を守っていない。そこで国連児童の権利に関する委員会は、事実を検討するため、報告書を提出するよう要請してきた。

北朝鮮はこれまでに2回にわたって報告書を提出している。しかし国連児童の権利に関する委員会は、報告が正確な情報に基づいていないとの結論をくだした。同委員会は北朝鮮に対し、新たな調査を実施し、子どもの人権状況を是正するように強く求めた。さいわい、北朝鮮が2冊の報告書の作成に踏み切ったことから、北朝鮮の子どもの権利条約に対するアプローチは、他の国際条約に対するよりも比較的誠実だと考えられている。とはいっても、これは北朝鮮の児童政策の反映などではなく、他の国々の視線を意識してとったポーズにすぎない。最近亡命してきた子どもたちの証言と、チョンジュン・ススン(清津・壽城)の市場を写したビデオフィルムからも、北朝鮮の多くの子どもが悲惨な状況のなかで暮らしていることが分かっている。

1. 生存への権利

1) 相当な生活水準を享受する権利
子どもの権利条約において、生存への権利(生きる権利)は子どもの第一の権利と規定されている。言い換えれば、子どもの第一の権利とは、社会において一人前の成員になるまでその子どもが相応の生活水準を享受する権利である。しかしこれをどう理解するかはかなり主観に左右されるので、相応の生活水準といっても様々であろう。

北朝鮮の子どもの生活は、先進福祉国家の子どもの生活とは比較のしようがない。そこで、常識的な最低生活水準という観点に立って比較してみると、食糧だけをとっても、状況がいかにひどいかが分かる。

1970年代の初めまで、北朝鮮はしきりに韓国に対する経済的優位を誇示し、「すべての人に肉入りスープと米を与える」という指導者の公民への約束を公言していた。北朝鮮は食糧供給状況に自信を持っていた。しかし1980年代に入ると、経済が下降しはじめた。1994年の金日成の死後、3百万人が餓死し、「肉入りスープと米」は夢になった。

とうとう1990年代初めに、北朝鮮は、食糧がすべての人の重要な問題になるところまで行きつき、食糧問題は生存をかけた問題となった。子どもだからという理由だけで、特に食糧が保証されることなどあり得なかった。実際のところ、子どもは両親に従属するものと見なされて、食糧は成人の3分の2しか配給されなかったのである。

北朝鮮では、子どもは成人と同じ権利を有する個人であるという、国連子どもの権利条約の第一の原則は守られていない。両親を飢えで失い、食物を探してあたりをうろつく子どもたちもいる。 北朝鮮の子どもの食生活にかかわる問題を映し出す、ひとつの重要な例を示そう。各年齢の子どもの身長と体重に関する統計である。成長は栄養に著しく影響されるので、これらの統計は北朝鮮の子どもの食生活を測るバロメーターとなる。












表:北朝鮮児童と韓国児童の平均体重比較
年齢北朝鮮の児童 (Kg)韓国の児童 (Kg)
831.5
1039.3
1146.0
1230.051.4
1431.261.3
1539.066.7
1642.5
1742.6


※データ出典:Good Friends (1998),
「Analysis on the present condition of supporting Flower Swallow」(サンプル:482人)
保健福祉省 (2002)、「2001年の市民の健康及び栄養状態の調査」
(サンプル:10,000人)

韓国の子どもと北朝鮮の子どもの比較を通じて、我々は北朝鮮の子どもたちの身体発達状態がいかに深刻かを知ることができる。ただし上表のデータは、サンブル数に大きな差があるため、全面的に信頼できるものと見なすわけにはいかない。そのうえデータは、北朝鮮を離れたハナとツバメ(Flower and Swallow, ホームレスの子供たち)によるもので、北朝鮮にいる子どもたちを対象にしたものではない。だがそれでも、大雑把な比較を行なうことはできる。統計が示すとおり、サンプルの違いを考慮に入れても、北朝鮮の14歳児の体重(31.2 kg)は、韓国の8歳児の体重(31.5 kg)と大体同じである。しかもお分かりのように、北朝鮮の14歳児の体重は、韓国の同年齢の子どもの体重(61.3 kg)の半分にも届いていないのである。













表:北朝鮮児童と韓国児童の平均身長比較
年齢北朝鮮の児童 (cm)韓国の児童 (cm)
4104.5
6119.2
7126.3
9136.4
11105.0150.5
12120.0156.7
13124.0163.5
15142.0171.5
18151.3175.7


※データ出典:同上

同様の違いは身長の比較でも明らかである。北朝鮮の11歳児の身長(105.0 cm)は、韓国の4歳児の身長(104.5 cm)と大体同じである。北朝鮮の子どもの成長状況がきわめて深刻であることは明らかである。

粗悪な条件で生活する子どもの身長/体重と、充分な食事をしている同年齢の子どもの身長/体重を比較すれば、相対的な状況をおおむね理解することができる。この結果から導き出される栄養不良は、慢性と急性に分けることができる。慢性栄養不良は、発育不良としても知られ、十分な栄養を摂取できないため、標準的な身長/体重に達していない状態をさす。これに対し、急性の栄養不良は、身長は標準に達しているが体重が標準以下で、そのため身体が虚弱である状態をさす。












北朝鮮の5歳未満の児童の栄養欠乏状態(1998年)
急性栄養不良慢性栄養不良(単位は%)
年齢(月数)
6 ~ 12未満19.116.523.08.2
12 ~ 24未満36.525.845.651.1
24 ~ 36未満25.314.263.760.2
36 ~ 48未満16.39.274.675.6
48 ~ 60未満14.63.080.075.0
60 ~ 84未満11.74.276.473.4
総平均15.662.3


慢性栄養不良と急性栄養不良はともに、子どもたちが必要な栄養を摂取していないという証拠である。合わせて低年齢児の77.9%が栄養不良に苦しんでいるということは、北朝鮮の子どもたちの栄養不良の深刻さを示すものである。

北朝鮮の子どもたちは、食糧危機の後、身体的成長にとって最も重要な年齢の時に栄養不良に見舞われたのである。

2) 医療への権利
北朝鮮憲法第72条には、公民が無償で医療を受ける権利を有すること、病弱者、高齢者および児童は、行き届いた医学的配慮を受ける権利を有し、この権利は無償医療制度、国有社会保険および社会保障によって保証されると明記されている。さらに北朝鮮憲法第56条は、人民の生活を保護し労働者の健康を増進するため、国家が無償医療制度を発展させ、地区担当医制度と予防医療を強化すると規定している。

このように、北朝鮮の憲法では、すべての公民が無償の医療制度により医療を受ける権利を有すると明記されている。北朝鮮はまた、世界で最も優れた医療制度を持っているとも主張している。さらに北朝鮮は、無償医療制度を全地域に拡大することにより完全な福祉制度を確保していることを誇っている。憲法の規定が北朝鮮の現実にとってほとんど無意味であるように、無償医療制度も長年あまり意味を持つことがなかった。1990年代半ばの食糧危機の後、無償医療制度は実施されておらず、ほとんど空疎なレトリックに堕している。そのうえ、地区担当医制度 も、1961年以来施行されてはいるが、医師および医療基準の問題や、1人の医師が4,000人もの人を受け持つという過重な責務のため、その役割を果たせないままになっている。

さらに、北朝鮮の医療施設と医薬品のお粗末さは、深刻な問題となっている。北朝鮮の医師だったキム・ジエン(Kim Ji-Eun、2000年に亡命)によれば、北朝鮮の病院は注射器や聴診器といった基本的な医療用具さえ不足しているという。そのうえ、病院が保有するのは限られた医療設備で、しかもそれらは1960年代に購入されたものがほとんどであるため、実際には使用できない状態にあるとキム・ジエンは述べている。しかも医薬品の供給が完全に停止しているので、患者は医師から渡された処方箋を手に、自分で市場に出かけて薬品を手に入れなければならないのである。

食糧危機の後、北朝鮮の医療制度は完全に麻痺してしまったので、飢餓に起因する多くの疾病に対処できないばかりでなく、基本的な医療水準を維持することさえできなかった。北朝鮮の子どもたちは、必要とする医療どころか、基本的な医学的検査や手当てさえ受けることができずにいる。北朝鮮の小児死亡率の統計は、北朝鮮の医療制度の破綻により、子どもたちがどれほど被害を被っているかを、如実に示している。








1〜5歳の小児の死亡率 (%)
年度1〜2歳2〜5歳
19931427
19961940
19982450
19992348

※ データ出典:DPPK
子どもの権利条約の実施に関する第2回定期報告書

上の統計からお分かりのように、食糧危機の後、北朝鮮の5歳未満の子どもの死亡率は50%に達した。これは、世界で最も開発の遅れている国のひとつであるソマリア(11%)と比べてもはるかに高い。

北朝鮮の小児死亡率が高いのは、医療施設の不備と母親の栄養不良が原因である。とくに、医薬品と適切な医療施設が欠乏しているため、出生後に現われる病気に対してまともな処置ができないのである。小児の死亡の第一の要因は疾病である。北朝鮮の子どもは、不衛生な環境で生活していて病気に感染することが多い。

研究者によれば、飲料水の欠乏が感染症の第一の原因である。電力不足のため、北朝鮮では浄化されていない上水を供給している。農村の家庭では、このような水道さえ利用できず、やむなく河川の水を汲んで使っているところが多い。この水が病気を広めるのである。その結果、北朝鮮の子どもたちは、成人より免疫力が弱いこともあってパラチフスやコレラなどの疾病にいとも簡単に感染する。そのうえ、食料不足のために、清潔でも新鮮でもない食物や水をしばしば口にするので、赤痢や下痢をなってしまう。劣悪な医療状況のせいで、北朝鮮の子どもの健康は日々脅威にさらされている。しかし北朝鮮政府は、医療制度改善のために何も対策を講じようとはしていない。

1998年、北朝鮮は西側諸国の慈善団体から3万トン弱の医薬品を受け取った。しかしながら、医療用品の輸送をしていたことがあるキム・チュルミン(Kim Chul-Min、1999年に亡命)によると、病院の高位のスタッフが、家族が病気だと言って医薬品をごっそりくすね、市場で高値で売りさばいていたという。北朝鮮に無償医療援助を行なっていた国境なき医師団は、1998年9月30日に手を引くことを決めた。政府が、医療スタッフと地域住民との接触を妨げて医師団の活動を制限し、医師団による医療支援物資の配給監視を拒否したためである。このようなわけで、北朝鮮の子どもたちは、国の医療制度の麻痺により基本的な医療サービスも受けられないまま、甚だしく劣悪な条件の下に生活し続けているのである。

2. 発育への権利

国連子どもの権利条約は、教育・遊び・余暇の権利、情報を求め、受け取り、伝える権利、それに思想・良心・宗教・文化的活動の自由への権利を、発育の権利として規定している。この発育の権利を北朝鮮の子どもたちが享受しているかどうかを観るには、児童の教育を受ける権利を見るだけで足りるであろう。

教育権とは、国家は子どもたちに適切な教育を行なわなければならないという意味である。言い換えれば、国家は、児童が個々人の財政事情にかかわりなく教育を受けことのできる教育施設を設立し、適切な教育制度を運営することによって、教育権を最大限に維持しなければならないのである。ここで肝腎なことは、「教育」は各個人の意思や個性を尊重すべきであり、社会や国家の必要にあわせて一律かつ一方的なやり方で「強制」されてはならない、ということである。

北朝鮮は、11年間の無償義務教育を根幹とする自国の教育制度を、西側のどの先進福祉国家にも見出されない完璧な社会保障制度であると主張している。けれどもこの制度の内実は、北朝鮮の教育イデオロギーの論理であり、それは国連子どもの権利条約にいう発達への権利とは正反対のものである。

北朝鮮憲法第73条は、公民は教育権を有すると明記している。しかしその一方で憲法第43条は、国家は社会主義教育学の原理を具現して、知・徳・強靭な身体をそなえた不屈の革命家と新しい共産主義的人民を育てると規定している。北朝鮮のいわゆる教育権は、非常に特殊な意味を持っている。北朝鮮の教育の目的は、「共産主義的革命人材」を育成することである。この目的にそって、北朝鮮の子どもたちは、11年間の義務教育制度の下で真の教育を受ける権利を奪われている。北朝鮮の教育の目的が理想的共産主義者の育成である以上、北朝鮮の子どもたちは個性を捨てさり、国家の規格に当てはまる共産主義者になる以外にない。

その結果、北朝鮮の教育は、子ども一人ひとりの資質を最大限に生かそうとする教育の代わりに、政治学習と軍事訓練に力点を置いた一律かつ一方的なものとなっている。この点で、北朝鮮の子どもたちは発達への権利を奪われている。ここで強調しなければならないのは、北朝鮮の教育は食糧危機の前からこのようなものであったということである。教育制度の問題は一時的な危機ではなく、以前から存在していた北朝鮮社会の重要な特質である。北朝鮮の子どもたちは要するに金日成と金正日、そして北朝鮮の独裁体制に忠誠を誓う共産主義者になるよう要求されているのである。

北朝鮮の全教育制度は、科学教育部の厳格な統制下に置かれている。科学教育部は中央委員会書記局の指導下にあって、教育政策を作成しその執行を指揮する。教育省は、見かけは韓国のそれに似ているが、党や他の教育行政部署により決定された教育政策の遂行を管理するだけである。これは韓国の状況とは異なっている。韓国では、教育省が国家の教育制度に関することがらについて決定を行なっている。北朝鮮の教育制度を調べさえすれば、北朝鮮の教育に関して決定を下しているのは党であることが分かる。北朝鮮の子どもたちの運命は、党の政策と方針により決定されるのである。

北朝鮮の基礎的教育制度は、2年制の幼稚園、4年制の人民学校(小学校)、6年制の高等中学校、それに4〜6年制の大学からなる。大学院課程は研究課程が3年間、博士課程が2年間である。このほかに、高位の幹部の子弟が学ぶ革命学校(マンギョンデ〔万景台〕革命学校、カンバンソク〔康磐石〕革命学校、へジュ〔海州〕革命学校)と、その他の特殊学校がある。

さらに、教育内容を見ると、北朝鮮は普遍的な価値、知識、道徳の涵養をかなり無視しており、代わりに政治イデオロギーに力を入れている。人民学校の4年間に子どもたちは「偉大な領袖金日成の少年時代」と「敬愛する指導者金正日の少年時代」を学び、中高等学校の6年間には、「偉大な指導者金日成の革命活動」、「敬愛する指導者金正日の革命活動」、「敬愛する指導者金正日の革命史」、「党の現在の政策」を学ぶ。子どもたちはまた、金日成と金正日の歴史的・革命的モニュメントを見学し、休暇中には野外軍事訓練にも参加する。

このように、人民学校と高等中学校のカリキュラムは、金日成と金正日の偶像化と、共産主義イデオロギーで埋め尽くされている。さらに高校からは、子どもは社会主義労働青年同盟のメンバーとなって、チュチェ(主体)思想のさらなる教育を受ける。

こうした状況のなかで、北朝鮮の子どもたちが受ける教育は奇妙なものとなる。金日成と金正日の抗日革命の「歴史」は非常に詳しく教えられるが、数学、歴史、言語の基礎知識を欠いているのである。教育内容と同じように、北朝鮮の子どもたちは進学や就職においても自由ではない。各学校の入学者選抜は公正な競争によるものではなく、両親の思想的背景に大きく左右される。北朝鮮の子どもたちは、家庭にしっかりした背景がない場合は、本人の能力とはかかわりなく、権威ある大学に進学することはできない。大学入学国家試験で優秀な成績をおさめた生徒ではなく、より良いコネクションを持つ生徒が、必ず勝者となるのである。例え傑出した能力を持つ生徒がいて、大学入試を受ける機会を掴んだとしても、家庭的背景のために大学入学を阻まれることになる。金日成大学、キムチェク(金策)工科大学といったピョンヤンの権威ある大学に入るのはとりわけ難しい。他の総合大学ではチェックは従兄弟までなのに対し、これらの大学では又従兄弟までチェックするからである。結果として、大学入学を望むことができるのは、裕福なまたは高位の役職者の子どもだけとなる。事前に決定される入学者の数が最も多いのがピョンヤンの大学であるのは、そのためである。そこには優位な背景を持つ高位役職者が多数居住しているからである。

食糧危機以前からも教育の不均等があったうえ、現今の財政難のために、北朝鮮の教育の質は下落し続けている。教科書やノートさえ供給が不足している。ピョンヤンのような少数の大都市は別として、1990年代以降、地方の学校には新しい教科書が供給されていない。これらの学校ではやむなく上級生から古い教科書を回収し、各クラスに6〜7冊の教科書を分配してきた。その結果、各クラスには5〜6人の生徒からなる複数の学習グループができている。各グループが1冊の教科書を共用して授業を受けるのである。

さらに、1990年代半ば以降は、子どもの出席率そのものが低下気味である。そのため、北朝鮮労働青年同盟の機関紙『青年前衛』は、出席率を向上させる必要があるとし、そのためには青年同盟と学校行政当局との協力が不可欠であると述べている。こうした懸念にもかかわらず、自主退学者の割合は30%に達している。多くの生徒が、食物を手に入れるために働き始めるのである。 今日の北朝鮮では、11年間の義務教育制度は中身の無い単なる枠組みにすぎなくなっている。生徒が授業に出席した場合でも、空腹のせいで学習への興味ややる気はほとんど見られない。

このようなわけで、北朝鮮のプロパガンダとは裏腹に、北朝鮮の子どもたちは教育権を奪われている。他の国々の状況と比較すれば、このことは明白である。

3. 保護への権利

北朝鮮が国連児童の権利に関する委員会に提出した2回目の公式報告書によると、北朝鮮は18歳未満の子どもには死刑を宣告させることはなく、少年非行は刑事法の訴訟では扱われず、少年は労働再教育収容所には収監されない。なぜなら、親と学校の監督下に、人民保安組織によって教化事業が運営されているからである。

しかしながら現実には、北朝鮮は青年再教育収容所を設けている。非行や怠慢な児童は審判なしにそこに6ヶ月間収容され、徹底的かつ教条的な再教育を受け、肉体労働をしなければならない。このような青年再教育収容所は各地方に存在し、ピョンヤンの周辺には3つの収容所が立地している。さらに、ホームレスの若者を集団的に管理するため、5.17寮が建設された。

北朝鮮の子どもたちが差別、搾取、虐待から保護されておらず、両親からの分離禁止にも反する状態にあることは明らかである。彼等は適切な保護を享受していないのである。

革命への愛は家族への愛に優先すると、北朝鮮は主張している。すべての子どもは保育園で政府の監視下に成長する。北朝鮮は、女性の解放と教育を共産主義的革命精神とならぶ重要目標と主張することで、このような方法を正当化している。しかしながら、北朝鮮の子どもたちは国家の治安監視から守られていない。保育園を中心とする就学前教育は、子どもの個性や潜在能力を見ようとしない。個々の発育は、規格に合わせられ体制に組み込まれてしまっている。

この教育方式は、4歳未満の子どもにも適用される。その年齢の子どもたちは、両親からの積極的ケアを必要とするのだが、その願いにもかかわらず、我が子は「理想的な共産主義者」になるため、親から切り離される。これらの点で、保育園教育は子どもの権利を侵害している。

障害を持つ児童に対する差別は、北朝鮮での子どもへの保護の欠如を示す一例である。子どもの権利条約第23条に明記されているとおり、子どもたちは障害を理由に差別されてはならない。しかしこの原則は、北朝鮮社会では適用されていない。政府は差別政策を実践している。北朝鮮では大部分の障害児が粗末な扱いを受け、一人前の公民とは認められていない。

我が国には障害を持つ個人はおらず、ましてやピョンヤンにいる筈もないと北朝鮮は主張している。しかしピョンヤンは、障害者のいない都市ではない。障害者の排除に努めている都市なのだ。

1986年に北朝鮮は、障害者を外国人の目に触れないようにするため、ピョンヤンから農村地方に移送する計画を立てた。身体や精神に障害を持つ患者とその家族も、強制的にピョンヤン中心部から立ち退かせた。さらに、障害者たちはナムポ(南浦)、ゲスン(Gaesung)、チョンジュン(清津)などの都市からも、森林地帯や孤島に設けられた場所に疎開させられた。これらの都市は、いずれも外国人が頻繁に訪れる都市である。これらの政策により、障害者はピョンヤンに住むことができないのである。障害を持つ子どもも例外ではない。このような子どもへの特別の養護や考慮は存在しない。彼等は成人の障害者と同じ処遇を受けている。

異常な身体的特徴を持つ子どもも、厳しい差別の対象となる。北朝鮮労働党の元書記ファン・ジャンヨプ(黄長)は、「小人の種が広まらないようにするため、すべての小人を集めよ」という金日成の命令を受けて、1960年代にハンマン・ジョンピョン(Hwang Jang-Yeob)郡に、短身者の収容施設が建設されたと話している。オー・スーリョン (Oh Soo-Ryong、1995年に北朝鮮から亡命)は、自分の短身の友人「キム・キファ(Kim Ki-Hwa)」がハンブク(咸北)地方の山岳地区に追いやられ、断種手術の後に戻ってきたと言っている。

このように、異質と見られた人々は隔離され虐待される。だから、北朝鮮は差別によって維持されている国であると言っても過言ではない。個人の将来は、その家族背景、出身地や、身体的特徴によって左右される。重要なことだが、子どもたちもこの差別から守られることはない。

4. 参加する権利

北朝鮮の子どもたちの生活は「集団活動」の一語で表現できる。生まれた時から保育園で他の子どもたちと一緒に育てられる。7歳からは、11年間の政府による無償教育を受けることになる。北朝鮮の学校教育はすべての日常活動を包含している。これは韓国の状況と大変異なる点である。

北朝鮮の子どもたちは同じになることを選び取るわけではない。北朝鮮に生まれた子どもはだれも、「国より提供される便宜」の名の下に策定された教育政策にしたがい、集団で成長する以外ないのである。従って、この集団活動を知ることは、北朝鮮の子どもたちを理解するうえで非常に重要となってくる。

このような北朝鮮児童の集団活動の一例は、彼等の登校の様子に見ることができる。大方の国では、このような状況として思い浮かべるイメージは、生徒たちが2人、3人と連れ立ち、互いにおしゃべりしながら登下校するところだろう。韓国の生徒たちにはさまざまな授業スケジュールと校外活動があり、友達も自由に選べる。北朝鮮では、生徒たちは学校の定めたグループを作り、一列に足並みを揃えて登校する。彼等が小学生か、中学生か、高校生かは、問題ではない。どの生徒も指定されたグループの集合場所に行く。それから生徒たちは一列に整列し、革命歌を歌いながら学校へと行進するのである。同様に、北朝鮮の子どもたちにはプライバシーがない。日々のちょっとした生活の中でさえそうである。すべての活動は「集団的」であり、個人よりグループを優先するのである。

このような状況の下では、子どもの権利条約に明記された参加権を実現するのは不可能である。この参加権には、思想を自由に表現する権利、個人の生活に影響することがらについて話す権利、社会活動のための技能を発達させる権利などが含まれる。そのため、学校のカリキュラムとカリキュラム外活動は子どもの自由な決定に基づいているとする北朝鮮の2回目の公式報告書に対して、国連児童の権利に関する委員会は次のように述べた。「当委員会は、児童が青年同盟や少年団のような組織に参加する権利を与えられている事実に注目する。それでも当委員会は、児童への配慮が十分でないと信じ、児童の思想の尊重が家族、学校、裁判所、政府、および社会全体により制約されていることを憂慮している。さらに当委員会は、児童による参加が相変わらず基本的に形式的で偽装的な概念であることを憂慮している。したがって、児童等が社会活動に参加するに際しての創造的かつ私的な方法について十分検討がなされているとはいえない。」

子どもの教育で最も大切なことは、子ども一人ひとりの個性と潜在能力を認めて伸ばし、その子どもが将来、社会の有為な成員となるよう手助けすることである。この教育の目標にそって、子どもたちは自分自身で将来の目標を選ぶことを許されるべきである。しかるに、北朝鮮の集団教育はすべての子どもの思考と行動を規格に合わせ、子ども一人ひとりの個性を無視することで、子どもの自分が望むように成長する権利を損なっている。

北朝鮮が集団教育を実践している理由も、憂慮しなければならない。前にも論じたように、北朝鮮の教育制度の最終目標は「革命的人材」の育成である。言い換えれば、北朝鮮の教育制度の目的は、金日成と金正日に服する人材を育成することだけである。こうした政策の下で、北朝鮮のすべての子どもは、金正日の忠実な兵士になるという目標を持つに至るのである。

北朝鮮の子どもたちにこのような献身の念をはぐくむためには、すべての個人の厳格な監視が必要である。それゆえ、北朝鮮は個人の活動を容認しない。生徒のばかげた登校場面が、その何よりの証拠である。

子どもたちが適切な成長を遂げるためには、社会活動と教育への自然な参加が必要である。子どもの権利条約が参加権を強調しているのは、そのためである。けれども北朝鮮では、学校外の活動さえ子ども自身の自主性に委ねられていない。

III. 結論

どの社会でも子どもは未来である。そのように大切な存在でありながら、北朝鮮の子どもたちは基本的権利を享受していない。彼等は、自らの目標にしたがい、健康な心身とともに成長することができない。

北朝鮮は子どもの権利条約に加盟し、定期的に報告書を作成しているが、このことは、北朝鮮の子どもたちの状況が今後改善することを意味するものではない。北朝鮮の行動は、真摯に子どもの福祉を目指しているものとは考えられず、むしろ国際社会から支援を得るための単なる見せかけにすぎないと思われる。

北朝鮮の多くの子どもたちは、日々食べ物探しの苦労に直面しながら、辛うじて命をつないでいる。このような状況に置かれた子どもたちにとっては、子どもの権利条約の諸原則は、遥か彼方の空論としか見えないであろう。彼等にとってより差し迫った必要は、たっぷりの食事と暖かい家である。この必要を満たすことは万人の責任である。

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